都議選での民進党の敗北(と言っていいと思います)を受けて

都議選での民進党の敗北(と言っていいと思います)を受けて、今井議員を始め民進党内から蓮舫民進党代表の戸籍を公開すべきとの声が上がり、これに応じて蓮舫代表が自らの戸籍を公開する意向を表明したところ、今度は、山口教授らからそれ自体差別を助長するという猛烈な反対論が上がっており、まさに百家争鳴の状態です。

 「いったいどうせいっちゅうねん!」と蓮舫代表が心の中で思っているかどうかは存じ上げませんが、その置かれた状況に心より同情しつつ私は蓮舫代表に、

 「それでも、戸籍を公開して、説明すべきです。何故ならあなたは、挑戦者だからです。」とエールを込めて申し上げたいと思います。

 1967年、国籍法改正(1984年)前に、台湾人の父親と、日本人の母親に生まれた蓮舫さんの国籍問題の事務手続きの詳細については、私自身既にいくつかの解説(  )を書いておりますので、敢えて繰り返しませんが、その後の蓮舫さんの説明等を見ると、恐らく以下の状況だと思われます。

(1)蓮舫さんは3回参議院選挙に当選しており、その際に日本国籍を証する書面を提出しているので、明白に日本国籍を有していたことは確実である。

(2)誰が手続きをしたのかは不明だが、日本国籍取得の届出だけをしており、日本国籍選択宣言や台湾国籍離脱の手続きはしていなかったと思われる。

 但し、私自身法務省に確認した所で、当初法務省は台湾の特殊性からこの手続き(日本国籍取得の届出のみ)で問題ない(自動的に台湾国籍を離脱する)と説明していた可能性が高い。尚昨今の流行りの忖度なのか、この問題が公衆の耳目を引いて以来突如、法務省は「個別の問題には答えられない。」という回答に変わっている。http://faeopruoou.asks.jp/798.html
http://faeopruoou.asks.jp/549.html


(3)その後蓮舫さんは、日本国籍選択宣言を日本に提出しており、現在二重国籍は正式に解消している。これにより蓮舫さんがこれから公開する現在の戸籍には、恐らく近時日本国籍となった事が記載されている。

 従って、蓮舫さんが戸籍を公表してその経緯を説明した場合、(2)の部分で、あれやこれやと批判を受けると思います。

しかしそれでも私は、おそらくは原因の一端となったであろう法務省の説明の変遷への言及は必要最小限にとどめ、ここは潔く、「私が手続きを分かっておりませんでした!」(世の中の誰もが分かっていなかった可能性が高いにしても、自分が分かっていなかったこと自体は事実ですから。)と謝罪し、しかし全く悪意はなかった事、現在は問題は解決している事を丁寧に説明すべきだと思います。それが、国民が公党の代表に求める説明義務を果たすという事だからです。

 これだけで非常に大変な事ですが、その上で私は、蓮舫代表は、山口教授等が指摘している、「差別主義的な人が悪意をもって誰かの国籍に対して疑義を呈してあげつらった場合、何の義務もないのにそれに応えなければならない前例を作り、差別を助長する。」という懸念にも応えるべきだと思います。
 そのために、会見の最後には是非、

「私は日本の民主主義を支える公党の代表であり、誰にもまして強い説明責任の義務が課されている。その説明責任の義務を果たすために戸籍を公開したが、この様なことは、正当な権利を持ちながら認められず、その実現のために世の中の様々な場所で頑張っている他の多くの方々に、適用されてはならない。

日本国憲法14条は、全ての人は法の下に平等であって、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されないと明確に規定している。法令上の義務もないのに、人に、人種、信条、性別、社会的身分、門地他の開示を迫ることそれ自体が差別なのだ。私は、差別のない日本を、作りたい。」という趣旨のメッセージを付け加えて欲しいと思います。http://www.freeml.com/bl/15709043/136151/
http://www.freeml.com/bl/15709043/136152/


 蓮舫代表は、この二つ、(1)自らの手続きの不備を潔く謝罪する事(2)しかしこれが差別を助長する前例となってはいけない事を、真摯に、明確に、しかし余裕と、一握りのユーモアをもって国民に訴えるべきだと、私は思います。

 勿論それは並大抵のことではないと思いますし、極めて高度なプレゼン能力と、ある種の人間力を有することでしょう。
 しかし、挑戦者であるという事、殊に、マイノリティの挑戦者であるという事は、そういうことです。
 トランプ大統領がキャンセルしたホワイトハウス記者会で代役として演壇に立った、インド系移民の子供でイスラム教徒のコメディアン ハサン・ミナージュ氏は演説の中でマスコミの責任に触れ、会場の記者たちに次のように呼びかけました。